今日のコンサート

最終更新: 2018年11月10日


今夜はコンサートに行ってきました。出演の方とのご縁で、娘の学校の合唱部が歌わせていただくので、親バカおっかけの私としては逃せない機会としてでかけました。私自身は音楽のことはなにもわかりませんので、以下個人的な感想です。

こちらです↓

Peace 若い力で紡ぐコンサート (Teatro蒼)

http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=81424

https://b-m.facebook.com/story.php?story_fbid=1314909608654341&id=1237164873095482

娘が歌うのを聴けたことももちろんよかったですが、いえいえ、もっともっと、大きな感動がありました。


愛知からこられた若い方達のグループに、さらに地元広島の学生さん達も加わり、若々しく華やかで、とても楽しい会でした。経験を積んだベテランの演奏家の方達とはまた違ったフレッシュな魅力がいっぱいで、音楽を楽しみたい!届けたい!試みたい!という気持ちがステージからこぼれてくるようで、「(茶道の)青年部みたいだね」と娘と話しながら帰りました。「このコンサートが初演」という曲がありました。音楽がこの世にでた瞬間に、ステージから初めて届けられた一人としてその場にいられたことがとても光栄で、幸せな気持ちでした。若い方達が研鑽を重ね、曲を作り、演奏されるって素敵なことだなあ、としみじみ思いました。普段当たり前に聞いている音楽も、いずれも初演があり、演奏され続け、そしていろんな形で私達の耳にとどいているのだということを初めて意識する機会でした。

そして最後に演奏された朗読劇とでもいうのかな? 演奏と、朗読で語られたヒロシマ。被爆ピアノのニュースは幾度となく目にしますし広島に住む者として原爆の実相を語り継ぐことの意義は感じているつもりでした。被爆された方々にも生活があり、家族があり、大切なものがあり、音楽もあったということ。彼女にとって大切だった音楽は、今私達にとっても大切な音楽と同じだということ。わかっているつもりで実感できていなかったことが、音楽を通して、心にぐんぐん入ってきました。「音楽を通じて平和を」などと言われるときに、私は平和の尊さを朗々と歌い上げるようなイメージをもっていました。でもこんな表現もあるんだ、こんなに説得力のある音楽ってあるんだ、と涙がとまらず、ずっととまらず、少々恥ずかしいぐらいでした。この朗読劇、是非多くの方に聴いていただきたいと思いました。また広島にも来ていただきたいと願っていますが、でももしかしたら、ステージで言われていたように、広島以外の方にこそ知っていただくべきことなのかもしれません。

音楽の演奏会に行ってなぜか私が必ず思うのは「私はお茶をがんばろう」ということです。どうしてそう感じるのかわからないのですが。今日の演奏は間違いなく私の心を動かし、幸せで満たしてくれました。私には音楽はできません。ちょこっとできることはお茶だけ。音楽のように人さまを感動させる、なんて到底できないにしても、私はお茶で、なにかどなたかのお役に立てることはないのだろうか。お茶をさせていただく幸せを感じながら、いつも自分の役割を考えていたいと思います。

今日のコンサートは娘にとっても大きな意味がありました。ずっと憧れていた方と同じステージに立てたのですから。その方のお名前を、何年かの間に私はどれだけ娘から聞いたことでしょう。こうしてご縁はつながっていくのだなあ・・・ありがたいことだなあ・・・ でも自分が立ち止まってしまったら、たぶん向こうからやってきてくれることは、たくさんはないのだと思います。がんばって自分も前に進んでいけば、きっといいこともいっぱいある!

今日ご出演だったみなさまに幸いがありますように。

娘もがんばれ。

私もがんばる。


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Last Update 2020/10/20