「伝える」ということ



 今日は、裏千家広島第2支部の研究会がありました。京都のお家元から業躰(ぎょうてい)先生が派遣されておみえになってご指導くださる機会で、年に何度かあります。今日は参加される方が多く、かなりぎゅーぎゅーでした。3時間余りとても有意義なお勉強をさせていただきました。お点前の内容をお許しなく公開することはできませんが、業躰先生がお話になったことの感想は構わないと思うので、今日一番心に残ったことを書いておきます。先生がお話くださった思いと、私がうけとったこととは違うかも知れませんが・・・。

 「私達は、何百年も続いてきたことを、次に伝えていくのだ」ということです。時代によって、また点前をする人によって、変わっていくこともあるかもしれない、でも基本は、伝えられたそのまんまを次に世代に伝えていくことだ、というお話でした。それは、自分が自分の師匠に習う、弟子に教える、ということだけではなく、私達みんなが、次の世代に渡していくということなのだ、と言われていました。

 このことはもちろん、これまでも私にとっての大きなテーマでもありました。私にとっては祖母・母が茶道を教え、娘も学んでいますので、とても具体的でわかりやすいことです。でもそれだけでなく、伝えていく、渡していく、という意識はもっていたつもりです。それが今日のお話で、あるお点前のなかの特定の所作についてお話しされたときに、なんだか「腑に落ちた」気がしたのです。

 生物学の先生が書かれた本で「あらゆる生き物は、DNAを乗せた乗り物だ」と読んだことがあります。生きとし生けるものの役割は、DNAを次の世代につなげていくことだということですね。まあ、生物学的にはそうであっても個人個人が生きる意義というのはそれぞれあるはずなので、これはとても一元的な見方だとは思いますが、そういう面もあるのでしょう。

 伝統を次に伝える、という私達の役割もそういうことかもしれません。私個人として、茶道を通じて修行を積んでよりよい人になりたい、とか お弟子さんによい茶人になってもらいたい、とか 自分がお点前を上手になっていいカッコしたい、とか いろいろ思うことはあるにしても、やはり、「正しく伝える」(正解、ということではなくて、習ったままに伝える)という意識はもっておかなくてはならないと思いました。自分が正しいお点前をできるようになること、それを具体的な誰かに伝えていくこと。そういうことを通じて、今生きている茶人の固まりとして、次の世代の茶人の固まりに伝えていくこと。裏千家の門人として、ということもあるし、日本人として、という意味もあると思います。大事にしていかなくては、と心に刻みました。

(ここに載せる写真は、裏千家の兜門の開いたところ・・・がいいのだと思うのだけど、補修工事直後のしまったところしか手元になかったので。今度門があいてる写真も撮らせていただかなくては。)


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Last Update 2020/3/29